このタイトルを知ったのは、駅に貼ってあるポスターだったと思います。
「また、コテコテのお涙頂戴ものなんだろう」と思いました。
私は、映画やドラマや書籍で「泣かせよう、泣かせよう」という意図を知ると、
逆に褪めてしまい、突っ込みどころを探したり、可笑しくなってしまう、あまのじゃくな部分があります。
正直、このタイトルを知ったときも、あぁ、、またか、、と
あまり興味がわきませんでした。
先日、この話の映画化のニュースをテレビで知り、「あ、あの時、ホームで見たポスターの話だ」と思い出しました。
少しその話の概要を説明していたのを見ると、ちょっと私が思い描いていた内容とは異なっていたのです。
もともとTBSのドキュメンタリー番組で紹介された話であり、
それが反響を呼んで、特番になり、書籍になり、そして映画化になった、、ということ。
また24歳という若さで乳がんによりこの世を去った長島千恵さんご本人が
自らTBSに番組制作の話を持っていったということ。
なかなか病院にいくのを躊躇してしまっている間に
ガンが進行してしまった、、という事実にずっと後悔していた彼女は、
誰も自分と同じ目に遭わないでほしい、、という願いを込めて
是非番組を作って欲しいと言っていたそうです。
私はその番組自体を見ていなかったので、ちょっと興味を持ちました。
私自身、乳がんを患っていた家族親類がいた為、とても人事とは思えなかったのもあります。
そんなこんなでネットで検索をしていたときに、
YouTubeでそのTBSの番組をアップしていると知り、全部見てみました。
感想は、、
普通、こういう内容を製作するとなると、製作側の意図として
冒頭に記載した「お涙頂戴」「泣かせよう 泣かせよう」というものが見えたりするものですが、
これは、そのような装飾も感じられず、ものすごくシンプルな映像と内容で、それが却って強烈に私の何かを刺激しました。
そもそも番組の意図が、ガンに冒されている千恵さんのメッセージに因るもので、
番組スタッフも、それに一生懸命応えようと努力してるのがよくわかります。
起承転結もない、最初から結果がわかってしまっている内容。
どれをとっても、どのせりふも、どのシーンも、
これは現実なのだ、、と、何度も身につまされます。
その後、本も読みましたが、感想は映像を見た時のと全く同じでした。
映画、、は、正直ちょっとノーコメントかな。
やっぱりこれはドキュメンタリーの重さだからこそ、、というのがあるので、
誰かが演じてメッセージがちゃんと伝わるのか、という懸念はあります。
それにしても、、、ドキュメンタリー内、
結婚式のシーンは、正直見ていて辛かった。。
参列者の誰もが、「千恵さんはあと一ヶ月しか生きられない」とわかって
(本人は知らないことになっているけど、もしかしたら知っていたのかも)
涙を流していて、、あの表情を見ると、なんとも言えない気分になり、
そして、普通の結婚式の感動の涙とは格段に違うんだ、、とせつなくなりました。
お父さん、彼の気持ちを思うと、胸に迫りくるものがあります。
特にお父さんは、奥様(千恵さんのお母さん)もガンで亡くされ
娘さんまでも、、、やるせない気持ちで一杯だと思います。
のちに、この番組を撮ったカメラマンの手記を見ましたが、結婚式の撮影にて、
「冷静に撮影しなければいけない立場なんですが、
私自身何度もこらえ切れなくなり、ずっとファインダーを曇らせての撮影になりました。
これ程悲しく、感動的な結婚式を撮影する機会もそうは無いのではないかと思いました。」
と書いてあり、製作スタッフも、これはきっと忘れられない撮影だったんだろうなと思います。
何より、千恵さんの取り繕っていない笑顔と、言葉、
そして人柄がカメラの向こうからビンビンに伝わってきて、
「若くしてガンでこの世を去ってしまったかわいそうな女の子の話」、、というより、
「千恵さんから元気をもらえる話」という印象を受けるのが不思議です。
とにかく彼女の一言一言がとても重く(悪い意味ではなく)耳に残るんです。
もちろん、ぐっと来る部分はありますが、
この話は、感動!とか泣ける!というような安っぽいものではなく、
ちゃんと彼女のまっすぐなメッセージを受け止め、
ものすごいパワーをもらえる話、、そう私は思います。
ちなみに、今でもMixiでは彼女の日記が見れます。
過去の日記を見ていると、本当に普通の普通の女の子だったんだなと。
そんな普通の生活を奪ってしまったガン。
私もこまめに健診に行こう、、、
明日が来ることが当たり前と思っている日常。
それがどんなに幸せなことなのか、
当たり前な毎日がどんなに幸せなことなのか。
忘れていた、そんなささやかな幸せの定義を千恵さんが教えてくれました。